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実年齢より10歳若い人、老けて見える人。その違いはどこから生まれるのか?―「生物学的年齢」とエピジェネティッククロックが教えてくれること



同じ年齢なのに、「どうしてこんなに違うのだろう」と思ったことはありませんか。

健康診断の結果、肌の印象、筋力、病気のなりやすさ──これらは年齢とともに変化しますが、そのスピードは決して全員同じではありません。

近年の老化研究では、この「老化の進み方の違い」を数値化しようとする研究が急速に進んでいます。

そこで生まれた考え方が生物学的年齢(Biological Age)です。

これは戸籍上の年齢ではなく、「今の体がどのくらい年齢を重ねているか」を表そうとする新しい指標です。

老化研究の第一人者であるLópez-Otínらは、老化を単なる時間の経過ではなく、生物学的な変化が積み重なる過程として整理し、「Hallmarks of Aging(老化の特徴)」という概念を提唱しました。2023年にはこの概念がさらにアップデートされ、炎症や慢性ストレス、細胞間コミュニケーションの変化なども重要な要素として加えられています。
つまり現在の老化研究では、

「何歳か」よりも、「どのくらい老化しているか」

に注目が集まり始めているのです。



「実年齢」と「生物学的年齢」は、必ずしも一致しません

例えば、双子の兄弟姉妹でも、

・一方は喫煙習慣がある

・一方は運動を続けている

という生活を何十年も送れば、体の状態に違いが生まれることがあります。

また、

糖尿病
高血圧
肥満
睡眠不足
慢性的なストレス

なども、老化のスピードに影響する可能性があることが、多くの疫学研究で報告されています。

逆に、

適度な運動
バランスのよい食事
良質な睡眠
禁煙

といった生活習慣は、健康寿命を延ばすこととの関連が知られています。

もちろん、「生活習慣を変えれば生物学的年齢が必ず若返る」とまでは言えません。

しかし、「老化はすべて遺伝で決まるものではない」という考え方は、近年の老化研究における大きな転換点の一つです。




DNAは変わらないのに、「遺伝子の働き方」は変わります

「エピジェネティクス」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。

少し難しい言葉ですが、意味は意外とシンプルです。

私たちの細胞には約30億文字ものDNAがあり、その配列は基本的に一生変わりません。

ところが、そのすべての遺伝子が常に働いているわけではありません。

必要な遺伝子だけがオンになり、不要なものはオフになる。

この遺伝子の”スイッチ”を調節する仕組みがエピジェネティクスです。

その代表的な仕組みがDNAメチル化(DNA methylation)です。




DNAの特定の場所(CpG部位)に「メチル基」という小さな化学物質が付くことで、その周囲の遺伝子が働きやすくなったり、逆に働きにくくなったりします。

例えるなら、

DNAは「設計図」。

エピジェネティクスは、「設計図のどのページに付箋を貼り、どこを開いて使うかを決める印」のようなものです。

設計図そのものは変わらなくても、使い方が変われば、細胞の振る舞いも変わってきます。

興味深いことに、このDNAメチル化のパターンは年齢とともに一定の規則性をもって変化することが知られています。

この性質を利用して、「体の年齢」を推定しようというのが、エピジェネティッククロックという技術です。

 


エピジェネティッククロックは、「老化を測る時計」とも呼ばれています


2013年、アメリカ・UCLAの生物統計学者Steve Horvath博士は、DNAメチル化を解析することで人の年齢を高い精度で推定できることを報告しました(Genome Biology, 2013)。

この研究では、約8,000検体、51種類の組織から得られたデータを解析し、353か所のCpG部位を組み合わせることで、生物学的年齢を推定するアルゴリズムを開発しました。

これが現在でも広く知られるHorvath Clockです。

その後、

Hannum Clock
PhenoAge
GrimAge
DunedinPACE

など、目的の異なるさまざまなエピジェネティッククロックが開発されてきました。

特にGrimAgeは、単なる年齢推定だけではなく、死亡率や心血管疾患との関連も考慮して設計されており、従来よりも実際の健康状態を反映しやすい可能性が示されています。

さらに近年登場したDunedinPACEは、「今どれくらいの速さで老化が進んでいるか」という老化速度(Pace of Aging)を評価する点が特徴です。

つまり、研究者たちは「何歳に見えるか」だけでなく、「今どれくらいのスピードで老化しているのか」という、よりダイナミックな視点で老化を捉え始めています。


 

生物学的年齢は未来を予言する数字ではありません


ここまで読むと、「じゃあ生物学的年齢を測れば、自分の寿命も分かるのでは?」と思う方もいるかもしれません。

しかし、それは少し違います。

エピジェネティッククロックは、あくまでも統計学と分子生物学を組み合わせた推定モデルです。

研究では、生物学的年齢が高い人ほど、

心血管疾患
糖尿病
フレイル
認知機能低下
全死亡リスク

との関連が報告されています。

一方で、「生物学的年齢が5歳若いから病気にならない」「10歳高いから必ず早く老化する」といったことを示すものではありません。

Nature Reviews Genetics(2024)のレビューでも、エピジェネティッククロックは老化研究における極めて有望なバイオマーカーである一方、解析方法や解釈の標準化にはまだ課題が残るとされています。

つまり、この分野は「すでに分かっていること」と「これから明らかになること」が共存している最先端の研究領域なのです。

 



生物学的年齢は、生活習慣と関係している可能性があります

「老化は遺伝で決まるもの」と思われがちですが、近年の研究では、それだけでは説明できないことが分かってきました。

実際、生物学的年齢と関連する因子として、多くの研究で共通して挙げられているのは、日々の生活習慣です。

例えば、

喫煙
肥満
運動不足
慢性的な睡眠不足
過度の飲酒
慢性的なストレス
糖尿病や慢性炎症

などは、エピジェネティッククロックで評価される生物学的年齢との関連が報告されています。

2024年に発表されたレビューでは、数百の研究を解析した結果、運動習慣や禁煙、適正体重の維持は、生物学的老化との関連が比較的一貫して示されている一方で、「これをすれば必ず若返る」と言える介入はまだ存在しないと結論づけられています。

つまり現在の科学が言えるのは、

「生活習慣は老化速度に影響する可能性が高い」

ということです。

逆に言えば、老化は完全に運命で決まるものではない、とも考えられるようになってきました。

 



「老化の炎症(Inflammaging)」という考え方が注目されています


近年の老化研究では、「Inflammaging(インフラメイジング)」という言葉を目にする機会が増えています。

これは

Inflammation(炎症)



Aging(老化)

を組み合わせた造語です。

私たちの体では、感染症やけがが起こると炎症が起こります。

これは本来、体を守るために必要な反応です。

ところが加齢とともに、

目立った病気がなくても、

ごく弱い炎症が全身で慢性的に続くことがあります。

この「静かな炎症」が、

動脈硬化
糖尿病
アルツハイマー病
サルコペニア(筋肉量の減少)
フレイル

など、多くの加齢関連疾患に関係している可能性が指摘されています。

最近では、この慢性炎症がDNAメチル化にも影響を与え、生物学的年齢を押し上げる一因ではないかという研究も進んでいます。

 

 

運動は「筋肉のため」だけではなく、細胞にも影響する可能性があります


「運動は健康に良い」ということは昔から知られています。

しかし最近では、その理由が分子レベルでも少しずつ分かってきました。

運動によって活性化されるAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)は、細胞のエネルギー状態を感知する重要な酵素です。

AMPKが活性化すると、

ミトコンドリア機能の改善
インスリン感受性の改善
炎症の抑制
オートファジー(細胞内の不要なタンパク質を分解・再利用する仕組み)の促進

などにつながる可能性があります。

また、老化研究ではmTORという栄養センサーも重要視されています。

AMPKとmTORは互いにバランスを取りながら働き、細胞の修復や成長を調節しています。

このような細胞レベルの変化が、エピジェネティックな変化とも関係しているのではないかと考えられています。

もちろん、「運動すればDNAメチル化が改善する」と断言できる段階ではありません。

それでも、運動が健康寿命の延伸に寄与することは、多くの研究で繰り返し示されています。

GLP-1が注目されているのは、
体重そのものよりも、その背景にある代謝異常を改善できる可能性があるからです。



NMNは「若返り薬」なのでしょうか


ここ数年で、NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)という言葉を耳にした方も多いかもしれません。

NMNは体内でNAD⁺(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)という補酵素の材料になる物質です。

NAD⁺は細胞内でエネルギー産生に関わるだけでなく、

サーチュイン(Sirtuin)
DNA修復
ミトコンドリア機能

などにも関与すると考えられています。

年齢とともにNAD⁺は減少することが知られており、その補充によって老化を遅らせられるのではないかという仮説から、NMN研究が活発になりました。

動物実験では、

インスリン感受性の改善
筋機能の改善
血管機能の改善

などが報告されています。

一方、人を対象とした臨床研究はまだ規模が小さく、期間も比較的短いものが中心です。

現時点では、「健康な人の寿命を延ばす」「生物学的年齢を若返らせる」と結論づけられる十分なエビデンスはありません。

今後さらに質の高い研究が待たれる分野といえるでしょう。


 

糖尿病の薬「メトホルミン」が老化研究で注目される理由





老化研究で最も注目されている薬の一つが、メトホルミンです。

もともとは2型糖尿病の治療薬として長年使われてきましたが、糖尿病患者を対象とした観察研究で、「予想以上に健康寿命が長いのではないか」という報告が相次いだことから、世界中で研究が進みました。

メトホルミンはAMPKを活性化し、肝臓での糖産生を抑えるだけでなく、炎症や酸化ストレス、ミトコンドリア機能、さらには細胞老化にも影響する可能性が示されています。

こうした背景から、アメリカではTAME(Targeting Aging with Metformin)試験という大規模臨床研究が計画され、「老化そのものを治療の対象として評価できるのか」という新しい視点で検証が進められています。

ただし、現時点では健康な人に対して抗老化目的で広く使用することを推奨するガイドラインはありません。

糖尿病治療薬としての適応や副作用、腎機能などを踏まえた慎重な判断が必要です。


 

「若返る」ことより、「健康に年齢を重ねる」ことが大切です

老化研究のニュースを見ると、「寿命が延びる」「若返る」といった言葉が目を引きます。

しかし現在の老化研究が目指しているのは、単純に寿命を延ばすことではありません。

世界保健機関(WHO)や多くの研究者が重視しているのは、「健康寿命」、つまり自立して生活できる期間を長く保つことです。

実際に、生物学的年齢が少し若くても、生活の質が低ければ健康とは言えません。

反対に、持病があっても、趣味を楽しみ、よく歩き、よく眠り、人とのつながりを保ちながら生活している方は、健康寿命という意味ではとても豊かな時間を過ごしていると言えるでしょう。

老化研究が私たちに教えてくれるのは、「老化を止める方法」ではなく、「老化と上手につきあう方法」なのかもしれません。




老化研究は、これから10年でさらに大きく変わるかもしれません

エピジェネティッククロックが発表されたのは2013年です。

わずか十数年の間に、老化研究は分子生物学、AI、ビッグデータ解析を取り込みながら急速に発展してきました。

今後は、

生物学的年齢を用いた個別化医療
認知症や生活習慣病のリスク予測
新しい抗老化薬の開発
老化介入研究の評価指標

など、さまざまな分野への応用が期待されています。

一方で、現時点ではまだ研究段階のテーマも多く、「期待」と「科学的根拠」を冷静に区別する姿勢も欠かせません。

老化研究は、まさに今も進化を続けている学問です。

だからこそ、新しい知見が積み重なるたびに、「年齢とは何か」「健康とは何か」という私たちの常識も、少しずつ更新されていくのではないでしょうか。

 





まとめ


「老化」は、かつては避けられない自然現象として考えられてきました。しかし近年の研究は、老化を分子レベルで理解し、その進行を客観的に評価しようという新しい時代に入りつつあります。

エピジェネティッククロックやDNAメチル化の研究は、生物学的年齢という概念を私たちに示しました。一方で、その数値だけで健康や寿命を決められるわけではなく、現時点では研究・発展途上の領域であることも忘れてはいけません。

それでも、運動や睡眠、食事、禁煙といった日々の積み重ねが、細胞レベルの変化と関わっている可能性が示されていることは、多くの人にとって前向きなメッセージではないでしょうか。

そして、NMNやメトホルミンをはじめとする新しい研究も、「若返り」という夢物語ではなく、健康寿命を延ばすための科学として少しずつ形になり始めています。

老化は誰にも訪れます。しかし、どのように年齢を重ねていくかは、これからの医学と私たち自身の生活習慣によって、少しずつ変わっていくのかもしれません。


 

参考文献

・Horvath S. DNA methylation age of human tissues and cell types. Genome Biology. 2013;14:R115. doi:10.1186/gb-2013-14-10-r115.
・López-Otín C, Blasco MA, Partridge L, et al. Hallmarks of Aging: An Expanding Universe. Cell. 2023;186(2):243-278.
・Lu AT, Quach A, Wilson JG, et al. DNA methylation GrimAge strongly predicts lifespan and healthspan. Aging (Albany NY). 2019;11(2):303-327.
・Belsky DW, Caspi A, Corcoran DL, et al. DunedinPACE, a DNA methylation biomarker of the pace of aging. eLife. 2022;11:e73420.
・Bell CG, Lowe R, Adams PD, et al. DNA methylation ageing clocks: challenges and recommendations. Nat Rev Genet. 2024.
・Campisi J, et al. From discoveries in ageing research to therapeutics for healthy ageing. Nature. 2019.
・Barzilai N, et al. Metformin as a Tool to Target Aging. Cell Metabolism. 2016.
・Yoshino J, et al. Nicotinamide mononucleotide increases muscle insulin sensitivity in prediabetic women. Science. 2021.

 

 

 

ちぐさ内科クリニック覚王山 
内科/美容内科/美容皮膚科

内科医 美容皮膚科医 近藤千種



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